LOGINその後、ウェルシェはイーリヤと徐々に親交を深めていった。また、不埒な男共も完全に鳴りを潜め、ウェルシェは平穏な学園生活を取り戻した……かに見えた。
が、新たな問題が出現した――
「あんたも『転生者』なんでしょ!」
「はい?」
「トボけたってムダよ!」
(えっ、突然何なの?)
急にやって来て、開口一番ウェルシェに向かって訳の分からないことを喚き散らしたのである。意味が分からずウェルシェは目をぱちくりさせた。
「ちゃんと分かってんだからね!」
アイリスは恐ろしい形相で迫ってくる。『スリズィエの聖女』と呼ばれ、見目麗しき男達に愛嬌を振り撒いていた面影はまったくない。
「あんた『ゲーム』の『設定』と違い過ぎるのよ」
(うーん……意味不明ですね)
アイリスの口にする単語が理解不能なウェルシェにすれば、子犬がギャンギャン吠えているとしか思えない。
「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」
キレて叫ぶアイリスの身勝手さにウェルシェは呆れた。
(何とも礼儀知らずな娘ね)
友人でもないのに許しもなく高位の者に話し掛けるのはマナー違反である。
それでなくとも国内でも有数の資産家で権勢を誇っているグロラッハ家とお近づきになりたい者は数多くいるのだ。いちいち相手などしてられるわけがない。
「あなたはいったいどなた様?」
「知っているくせに白々しいのよ!」
もちろん、ウェルシェはアイリスを知っている。
「あなたとは面識が無かったと記憶しておりますわ」
「何よ! 友達じゃなきゃ声も掛けちゃいけないっての」
当たり前である。
イーリヤみたく高位の者ならいざ知らず、許しもなく勝手に話し掛けてきた無礼者を相手になどできない。そんな前例を作ればウェルシェに群がって来る下位貴族の子女が後を絶たない状態になるのは目に見えている。
「ふんっ、お高く止まっちゃって!」
お高くも何も、実際にウェルシェは高位貴族の令嬢で偉いのだ。社会通念として男爵令嬢が気安く声を掛けて良い相手ではない。
「そんなところは『悪役令嬢』よね」
「『悪役令嬢』?」
またもや知らぬ言葉だ。
「あなたみたいに傲慢で高飛車な女のことよ」
ウェルシェは他人をおちょくるのは大好きだ。そんな腹黒な少女ではあるが傲慢ではない。侍女のカミラに好き放題言われても許してしまっているように気さくな令嬢である。
学園内の評価でも親しみやすい令嬢として人気があるほどだ。
「身分が低いからって
「は、はぁ……?」
何と答えて良いのやら。
ウェルシェに彼女を虐げた事実は無い。
また、今後もそんな予定は皆無である。
だいたい自分がどうして身分が低い人物をイジメなければならないのか?
この学園にはウェルシェよりも家格の下の者の方が多いのだ。そんな者達をいちいちイジメるなど非効率で非生産的な行為など、そこに何の得があると言うのか……まったくもって理解不能だ。
「だから、早く自分の役割を果たしなさいよ!」
「役割?」
「そうよ、あんたは『わんこルート』と『ヤンデレルート』の悪役令嬢じゃない」
わんこ? ヤンデレ? 何のこっちゃ?
次から次にアイリスの口から出てくる意味不明な言葉にさしものウェルシェも目が点だ。
「エーリックとの政略結婚が嫌で片想いしてるケヴィンに付き纏う、
「先程から何を仰られておりますの?」
意思疎通ができず、とにかく人語で話して欲しいとウェルシェは切実に願う。
「あんたが仕事しないせいで『わんこルート』が解放されないじゃない!」
「そう申されましても私には何のことやら」
アイリスとは面識がないし、仕事を依頼された覚えもない。
「いいから、あんたは私をイジメなさいよ!」
「えっ!? あなたマゾなんですの?」
ドン引きだ。
そんな変態とは関わり合いたくはない。ウェルシェはススーッとアイリスから距離を取る。
「違うわよ!!」
「いえ、でも……自分をイジメて欲しいと仰られたではありませんか」
変態は自分が変態だと認識していないものなのね、と奇妙に納得してしまった。
「だからぁ、あんたが私をイジメてザマァされろって言ってんの」
「どうして私があなたをイジメてザマァされなければいけませんの?」
イジメる理由もなければザマァされる
「それが悪役令嬢の役目だからよ!」
「ザマァされる為にしたくもないイジメをしろと?」
なんだその理不尽は!?
「そうじゃないとエーリックの『わんこルート』が開放されないじゃない!」
「――ッ!?」
アイリスの言っている意味を完全には理解できないが、『わんこルート』が何を指しているか分かりウェルシェはギョッとした。
「あなた、まさかエーリック様を犬呼ばわりしているのですか!?」
「そうよ。エーリックは純情従順なわんこ王子って人気のルートなのは常識じゃない」
「王族を犬扱いにする常識なんてありません!」
何なのだこの異常な少女は?
「それに比べてケヴィンはやーね。ヤンデレなんて趣味じゃないの」
「あなた正気ですの?」
王族や高位貴族の子弟を呼び捨てしてトンデモ発言を繰り返すアイリスは常軌を逸している。
「本当はケヴィンなんてどーでも良かったのよ。それでも
「先程からあなたは何の話をしているんです?」
まったく話が通じない目の前の愛らしい少女に、ウェルシェは恐怖に似たものを感じた。
「ケヴィンに惚れてるあんたが彼に付き纏わないから、仕方なく私がケヴィンを誘導してあげたのよ」
何だその上から目線は?
「してあげたって……私はセギュル様に恋慕の情など抱いておりませんが?」
「それなのに、何であんたケヴィンを拒否るのよ」
「当たり前です。私はエーリック様の婚約者ですよ」
「あんたはケヴィンに惚れるの!」
めちゃくちゃである。
まるで会話にならない。
「いい! それがあんたの役目なんだから、しっかり仕事してよね!」
「ですから、いったいあなたは何を言っているのです?」
「私が言ってる意味が分からないってんなら、あんたは『NPC』なのよね?」
NPC?――また意味不明な単語だ。
だが、アイリスは説明するつもりもないようで、ただ自分の言いたい事だけ捲し立てた。
「あんたが転生者じゃないってんならNPCとして決められた通りに動きなさいよ!」
その後、ウェルシェはイーリヤと徐々に親交を深めていった。また、不埒な男共も完全に鳴りを潜め、ウェルシェは平穏な学園生活を取り戻した……かに見えた。が、新たな問題が出現した――「あんたも『転生者』なんでしょ!」「はい?」とある事情でウェルシェは校舎裏にある花園に一人で訪れていたのだが、そこに薄桜色の髪と春空色の瞳の美少女――アイリス・カオロが現れた。「トボけたってムダよ!」(えっ、突然何なの?)急にやって来て、開口一番ウェルシェに向かって訳の分からないことを喚き散らしたのである。意味が分からずウェルシェは目をぱちくりさせた。「ちゃんと分かってんだからね!」アイリスは恐ろしい形相で迫ってくる。『スリズィエの聖女』と呼ばれ、見目麗しき男達に愛嬌を振り撒いていた面影はまったくない。「あんた『ゲーム』の『設定』と違い過ぎるのよ」(うーん……意味不明ですね)アイリスの口にする単語が理解不能なウェルシェにすれば、子犬がギャンギャン吠えているとしか思えない。「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」キレて叫ぶアイリスの身勝手さにウェルシェは呆れた。(何とも礼儀知らずな娘ね)友人でもないのに許しもなく高位の者に話し掛けるのはマナー違反である。それでなくとも国内でも有数の資産家で権勢を誇っているグロラッハ家とお近づきになりたい者は数多くいるのだ。いちいち相手などしてられるわけがない。「あなたはいった
「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」イーリヤの顔は暗い。「オーウェンとの婚約も回避できなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどなぁ」イーリヤは元日本人の転生者である。魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで、幼少期から猛特訓を重ねたものである。もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他できる事はなんでもやった。更には商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまった。その無念を晴らすようにがむしゃらに頑張ったのだ。痴情のもつれと言っても、イーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。「だけど、やり過ぎたせいで、あんな事になるなんて」頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。イーリヤの能力が注目され、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。&nb
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。(これは好都合ね)ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」イーリヤはふっと笑みを零した。見惚れるほどの妖艶な美しさだ。「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」「まさか……私のような非才の身など……」「謙遜も過ぎれば嫌味よ」(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をど
――ガッシャーーーンッ!!!茶器が床に叩きつけられ、無残に砕けて散った。この部屋の主が大事にしていたオーダーメイドの高級品だったのだが。もっとも、金の模様が過多でなんとも品がない。「キャッ!?」間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散する茶器を前に彼女は震えた。「ケヴィンがいったい何をしたって言うのよ!」この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの癇癪を起こしたのである。「あの子はただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じていた。だから、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。「それなのに、どうしてケヴィンだけが罰を受けなきゃいけないの!?」実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。「こんなの王妃の横暴じゃない!」我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めもなく、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家を貶める目的があるんじゃないの?」もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何の咎もないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけでは
――ドンッ!オーウェンが怒りに任せて拳を激しく机に叩きつけた。「どうして分かってくれないんだ!」今回の裁定に対し、オーウェンは憤りを隠せない。「父上も母上も貴族主義的で人の心を理解していない!」荒れるオーウェンに気づかわしげな視線を向ける男達がいた。「落ち着いてください殿下」眼鏡を掛けた怜悧な印象を受ける青髪の美形――サイモン・ケセミカ。ケセミカ宮中伯の長男であり幼少期は神童とおだてられ育った英才である。だが、イーリヤやレーキに遅れを取り成績不振に陥った。その為、一時は家の期待に応えられないと悩み苦しんだものだ。そんな彼に人の価値は学業だけではなく、能力は学校の成績だけでは測れないと気づかせてくれたのがアイリスである。「そうだぜ、俺達は最後まで殿下の味方だ」赤髪の精悍な美丈夫であるクライン・キーノンは騎士を目指す裏表の無い真っ直ぐな少年だ。しかし、彼の強い正義感が裏目に出て騎士クラス内で孤立していた。そんな愚直な性格も素敵なのだとアイリスに誉められ立ち直れた。「ケヴィン先輩は心配だけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」実年齢よりちょっと幼なく見える白銀の髪と赤い瞳のアルビノの少年コニール・ニルゲ。彼はオーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲの義弟である。彼は能力を買われて分家より養子となった。しかし、背も低く実年齢よりも幼く見える童顔のせいで侮られ、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたショタ系美少年である。アイリスは容姿で差別す
「何よ、ザマァって?」聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。「近ごろ巷間で流行っている恋愛小説のテンプレでございます」「恋愛小説ぅ?」「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」ウェルシェの主張にカミラが疑いの目を向ける。「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」「大好きよ!」胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。「それでザマァって何よ?」「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」王子様役の男を巡ってライバルの令嬢
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません」「まあ、もうそんな時間なんですの?」「楽しい時間はあっという間ですね」エーリックが器用にウィンクすると、ウェルシェがパッと花が咲くように笑った。「また、あなたにお会いできる日を楽しみにしております」「私も楽しみにお待ちしておりますわ」潤んだ瞳でウェルシェから可愛く見上げられ、エーリックはすっかり舞い上がってしまった。(これって、ウェルシェも僕に恋しちゃってるんじゃない?)エーリックはカッコよく颯爽と帰るつもりだった。だが、顔は締まりがなく、足取りも地につかずふわふわして覚束ない。「あらあら、あんなにフラフラして大丈







